第43話 『クリス・ウォーリーの奇妙な事件(3) – 発見です』 The Case of Chris Wally chapter 3 – “Found!”

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「クリス氏はまだ、あの屋敷にいます」

シュンの言葉に、ドミニクの瞳孔が大きく開く。

しかし、すぐに目をきつく閉じると、腕組みをして、橋の手すりに座り直した。

「…順を追って説明しろ」

シュンは、ドミニクに感心した。

ドミニクは、強い激情と、必要な場面では理性を保つ冷静さとを併せ持っている。

彼のその性質は、今後もあらゆる場面でシュンの力になってくれるだろう。

月の照らす街で彼と出会えた事は、シュンにとっても僥倖であった。

尊敬に値する仲間を得られた事の喜びを、シュンは密かに噛み締めていた。

「そうですね、それではわかっている事だけをお話します」

「それでも良い」

「クリス氏は自分から姿を消しました。それはほぼ間違いない」

「そうなのか」

「えぇ、そして、それには何か理由がある。自ら姿を消す必要があったのです」

「その理由が何か、まだわからないって事か?」

「ご明察です。そこが判然としないまま動いてしまうと、永遠にクリス氏は見つけられなくなってしまうかもしれない」

「どっかに逃げちまうって事か?」

「まだ可能性の段階ですがね。それをゼロに、外堀を埋めていかなければ、動けないという事ですな」

「…具体的なところはやっぱり全くわかんねぇが、とにかく状況はわかった」

「本当ですか?」

「依頼人はどうする?あのカールって奴も、黒なのか?」

シュンは目を丸くして、ドミニクの顔をじっと見つめた。

「なんだよ、俺、何か変な事言ったか?」

「ああ、いえ… 今の話で、そこまで理解なさった事に驚いただけでして」

「お前それ、遠回しに馬鹿にしてねぇか?」

「いえいえ!褒めています。本当ですよ、素直に感心しているんです」

「まぁいいけどよ… どうなんだ?」

「彼もほぼ間違いなく黒でしょう。ただ、どのように関わっているのかがわからない。そもそも何故私に依頼したのか?」

「それは確かに気になるが… 俺達がそこまで詮索する意味はあるのか?」

「つまり?」

「俺達ゃ雇われだ。あっちの事情がどうあれ、クリスをさっさと突き出して、金もらって、それで終い、っていうわけにはいかねぇのか?」

シュンは渋い顔をして指先で鼻の頭を軽く叩きながら、何かを思索し始めた。それはどうやら、言葉を選んでいる様子だった。

「そうですね… その場合我々は、カール氏の隠している思惑のために、良いように利用される事になりますね」

「…ハハッ、お前はまったく…」

ドミニクは愉快そうにシュンの小脇を小突いた。

「お前、能力はあるんだろうが、正直探偵に向いてないぜ」

「依頼人が信頼できるか、客観的に評価しているだけですよ。この手の仕事は鼻が利かないと、悪行の片棒を担がされかねない」

「確かにな」

「思惑を引き出して、それでも信頼して良いと判断できるなら、改めて真面目に仕事しますがね。そうでなければ… ま、違約金でも払ってもらいましょうかね」

「どっちに転んでも金が入るなら、ま、俺は構わんぜ」

「そうですね。ま、どのみち、彼の思惑をハッキリさせる必要があるでしょう」

シュンは、笠を持ち上げて空を仰いだ。

「彼が我々に、クリス氏を見つけさせたがっている事だけはおそらく真実なのでしょう。ではそれは、何のために?」

赤と青が混じり合う雲ひとつない空。

また新しい夜がやってくる。

投げかけられた最後の光が、町の影を深く彫り抜いている。

光と闇の境目が曖昧な時間なのだ。

この町は、闇に覆われている。

しかし、その闇の形がまだ、見えない。

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ウォルターはこの頃、バーで夜を明かす事が日課になっていた。

朝になれば、大体ゴミ捨て場で目を覚ます。

何故そこに至ったのか、覚えている日もあれば覚えていない日もある。

それは、バーの主人に追い出された結果たどり着く、定位置なのだ。

今日もきっと、意識を失った後、あの場所に行き着くのだろう。

ただ、飲まずにはいられなかった。

今日もまた、気がつけば同じ道を歩いている。

この先にはまた、あのバーだ。

情けなかった。

自分には何もない。

特別な才能も、金もない。

親父の狭い農地も、長男が継ぐだろう。

自分に回ってくるものは何もないだろう。

いなくなったあの野郎は、親からもらった金を山程町に落として、ちっとも人に顔を見せる事もなく、町の連中に認められていた。

自分自身では何も持ってない点は俺と何の違いもなかっただろうに、たまたま親に金を残してもらえただけで、良い思いをしてやがったんだ。

ヴィルマも…

「もし、よろしいですか?」

振り返ると、東国風の服装の男が、丁寧に頭を下げて立っていた。

「あなた、ウォルターさんで?」

何故俺の事を知っている?

誰だこいつは?

見た事もない奴だ。

「クリス氏について、お伺いしたい事があるのですが…」

コイツもか。

クリス、クリス。

どいつもこいつも、ここに居もしない奴の話ばかりだ。

目の前にいる俺に浴びせられるのは、罵声だけだ。

どうせこの男も、誰かに頼まれて、俺を疑って、調べに来たんだ。

「んだ?てめぇは…」

ぶん殴って、逃げてやろうか。

そう思ったが、やめた。

後ろに立っている竜の面をつけた男、コイツはやばい。

頭が店の軒に当たりそうだ。

普通の図体じゃあない。

痛い目は、見たくねぇ。

「何の用だ…」

かっこ悪いな、俺は…

まるで獅子に睨まれた子犬だ。

でも、どうしようもねぇ。

俺には、何もねぇ。

「あなたは、ヴィルマさんの何を見ましたか?」

空気が、固まった。

何を?

何をってお前、それは…

何故、ヴィルマの名前を?

コイツは何を知っている?

いやそれ以上に、コイツは、クリスの何かを知っているのか?

「どうしてだ?」

「あなたは、クリス氏が何をしていたのか、見たのではないですか」

やっぱりだ!

コイツは、知ってやがる!

「お前何者だ!?どうして、どうしてヴィルマの事を…」

「やはり、そうなのですね… それは、どこですか?教会ですか?」

「そ、そこまでわかってやがるのか…」

理由は皆目見当がつかないが、間違いなくこの男は、クリスがしていた事を知っていやがる。

「教会なのですね。わかりました。それだけわかれば十分です、ご協力ありがとうございました」

まくし立てるように言うと、男は、すぐに身を翻し、竜面の男を連れ立って、街道の先へ去っていってしまった。

僅か数分足らずの出来事で、頭の理解が全く追いついていない。

結局アイツラは、何者だったんだ?

何もわからないが、ひとつだけわかった事がある。

クリスの野郎のしでかした悪事が、白日の下に晒されるんだ。

こんな胸のすくことが、他にあるか。

ざまぁみろ。

アイツラが何者かなんて、どうだっていい。

クリスの野郎を追い詰めてくれさえすれば。

いなくなったあの日、俺が見ているとも知らずに、ヴィルマの屍体を掘り返してやがったあのサイコ野郎に、天誅を下してくれさえすれば。

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「それで?何を確認するんだ?」

日が暮れたばかりの教会墓地の隅で、二人の男が身を潜めている。

疎らだった往来も、やっとの事で人通りが絶えた。

「ヴィルマさんの棺です。おそらくは空ですが、残されているものを確認したい」

「なるほどな…」

ドミニクは口ではそう言いつつも、それがどういう意味なのかを完全には理解していなかった。

しかし、それでも構わなかった。

必要な事は、必要な時が来れば、話してくれ。

そう伝えたのだから、そうしてくれると信じる。

それが仲間だろう、と二人は互いに理解しあっていた。

「あのチビ教主に一言断らなくていいのか?」

「”棺の中を見せてください”と言われて素直に開けさせる墓守がいますかね」

「それもそうか」

周囲の気配を探りながら、シュンがゆっくりと動き出す。

「この手の力仕事は式神も苦手でして」

「あぁ、わかってるよ。俺の仕事だ」

ドミニクがその背後を追う。

ヴィルマの墓はすぐに見つかった。

墓石には名も、つい最近亡くなったであろう享年も彫り込まれている。

ドミニクは背に担いでいた長柄のスコップを手に取り、振るう。

見る間に敷かれた土は除かれて、墓石の隣に山を成す。

やがて、硬い金属同士が触れる音が響き、ドミニクは手を止める。

「あったな」

「ここからは私が」

そう言うと、シュンは懐中から紙片の束を取り出し、墓穴に放る。

放り込まれた紙片はシュンが口ずさむ呪文に呼応して、まるで海中で餌を求めて渦を巻く魚群の如き軌跡を描いて中空を舞う。

紙片群は棺を覆った土を巻き上げて、その全容を顕にした。

木製の棺の蓋はほとんど取れかけて、隅に無数の釘穴が開いているが、釘自体は見当たらなかった。

「開いてますね」

「随分雑だな…」

「他の誰かが開けるとは思っていなかったのでしょう。次に開けた者がまず墓荒らしの罪に問われるでしょうし、開けられたところで亡骸がないこと以外に何もわからないだろうと踏んだか」

「実際はそうではなかった、と」

「わかる人間に開けられるとは思っていなかったでしょうね」

そう言うと、シュンは呪文を唱え、指で印を結ぶ。

命令を受けて、宙に浮いたままの紙片が蓋の隙間に滑り込み、蓋を持ち上げる。

棺の中は、空だった。

それは、二人共事前に予想していた事だった。

シュンはしゃがみ込み、棺の底を覗き込む。

「どうだ?何かわかるか?」

ドミニクには、何も入っていない棺である事以外、何もわからない。

「これは…」

底を覗き込むうち、シュンの顔がみるみる青ざめていく。

「そういう事だったのか!」

シュンは突然立ち上がった。

「何かわかったんだな?」

「わかりましたよ、全てが。想定される中でも、最悪のパターンでした」

シュンは、それまでとは別人のように険しい表情だった。

「デイティは… この町は、巨大な実験場です」

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~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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