第19話 『月蝕夜殺人事件(3) – 現場です』 Case: Moon eclipse night murder chapter 3 – “Crime scene”

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昼過ぎにも関わらず空は雲に覆われて薄暗く、裏路地に至っては、街灯が灯る夜の表通りよりも暗く感じられる。

シュンがたどり着いた先は、街の外れ、中流階級の家屋が連なる住宅街のT字路に面した角の邸宅であった。

現在その門戸には木板が乱雑に打ち付けられ、その内に秘められた凄絶な惨状を封印している。

シュンの傍らには、怯えきった婦人の姿があった。

整っていたであろう顔立ちは今や半ば恐怖と錯乱のために歪み、髪は乱れ、目の下のクマはどす黒く肌も全体的に土気色を帯びている。

彼女は数少ない事件の目撃者である。

連日のように命が奪われていく状況で、彼女は自身の命が刈り取られない事に、むしろ疑問すら覚えていた。

”口封じ”という3文字が、彼女の脳裏を離れないのか。

シュンは婦人の不安を案じたが、一方で婦人はこの部外者にどれほどの期待を寄せられたものかわからないようだ。

受け答えも虚ろで、要領を得ない。

「あの晩、見たんです…」

「それは、何日前の?何を見られたのですか?」

「きっと、私を殺しに来るんです…」

「ですから、何日前の…」

やがて埒が明かないと悟ったシュンは、家屋に向き直ると、何やら念仏じみた詠唱を始めた。

打ち付けられていた木板が次々とひとりでに剥がれ、人一人が中に入れるだけの口が開く。

「は、はは入るんですか」

婦人は2歩後ずさる。

「ここは犯行現場であって、犯人の住処ではないんです。危険はないですから」

しかし、婦人はその場にかがみ込んで、目を覆いシュンの返事に応えない。

シュンは諦めて、そのまま一人で開いた穴から家屋に這入った。


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家屋の中に入ってまず意識を引いたものは悪臭だ。

鼻をつく腐敗臭、埃臭さ、カビ臭さ、乾いた血の匂い、そしてかすかな獣臭。

「…獣臭?」

目が慣れてくるにつれて、開けた入り口から射す僅かな陽光で部屋全体が見えてきた。

ありとあらゆる家具がまるで嵐の後のように散乱し、ひとつとして元あったであろう場所に残されていない。

それらを引き倒していった”それら”は、ある者は家具の上にうなだれ、ある者は床に転がされて、またある者は部屋の隅に座り込んだまま絶命している。

そのいずれも死後数日が経過し、肉は朽ち、骨が露出し始めている。

はじけて散らされた血液ももう壁や床に染み込んで乾き、指先で触れても粘り気や水気も感じられない。

死体ひとつひとつを入念に調べ、受けた傷を確認して回る。

この家屋で死体は合計5、老年1、壮年2、青年1、幼年1。

老人は首だけが離れた位置にあり、これが直接の死因であると見られるが、胴体にも無数の切り傷が見られる。

青年は右足に深い爪痕の刺し傷が残されており、骨折もある事から足を掴まれ振り回された跡と見られる。

最も凄惨だったのは壮年女性の遺体で、部屋の角を向いて跪き、幼年の被害者を抱きしめたまま、そのままの姿勢で絶命している。

えぐり続けられたであろう背中からは骨も内臓も残らず周辺に散っており、そのまま胸にまで貫通していた。

抱かれていた少年は、最後の一撃で親ごと串刺しにされ絶命したものと見られるが、それ以外の傷跡は見られない。

シュンは胸中に、静かに熱くなるものを感じた。

そして、壮年男性を調べている間に、それは見つかった。

「毛、ですね…」

男の死体の下敷きになる形で埋もれていた、黒っぽくくすんで縮れた青い毛。

シュンは懐中から二本の細長い棒を取り出すと、それを使って器用に毛をつまみ上げ、瓶へと封じると、すぐにそれをしまった。

「カヲルの方も、そろそろですかね…」

最後に一周部屋を見渡してから、穴を抜けてシュンは街道へと戻った。


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「さてと、あとは…」

状況を整理しつつ部屋を抜けてきたシュンは、異常に気づく。

灯された街灯。

辺りには霧が充満し、空にはまばらに駆け抜ける雲と、その合間から見え隠れする月。

月は本来の形を留めておらず、不自然にその右半分が欠け落ちている。

何よりもまず、何故すでに月が出ているのか?

まだ昼過ぎで、これから夕刻が迫ろうという時間帯だったはずでは?

空を仰ぎ呆然とするシュンに、黒い倭装の女性が駆け寄る。

「シュン様!これは…!」

見渡すと、人影も見られない。

部屋に入る前に同行していたはずの婦人もいつの間にかいなくなっている。

「カヲル、いつからこの空に?」

「つい先程からです、急に霧が出てきたかと思えば、あったはずの日が消えて、上がった覚えのない月が空に…」

周囲を警戒する二人の耳に、犬の足音のような微かな音が聞こえてくる。

シュンは数枚の紙片を取り出し、自身の周囲に撒き始める。

カヲルと呼ばれた女性は、シュンに背を向けて立ち、二本の短刀を手に低く構える。

やがて、街道を這うように、ひとつの人影が二人の元に近づいてくる。

「どちら様かな?」

シュンは大仰に、わざとらしく尋ねる。

返事は勿論ない。

代わりに、人影は這うような姿勢のまま、さらに速度を増していく。

「好都合ですな、そちらから出向いてくださるとは…」

シュンは、錫杖を振り上げ、地面に叩きつける。

すると、撒いた紙片がぐにゃりと形を変え、犬や鼬、狐や貂などの動物に変化していく。

動物達はシュンを中心に左右に開いた翼のように広がっていき、迫ってくる徘徊者を取り囲んでいく。

動物達がじりじりと少しずつ距離をつめていった時、先に動いたのは徘徊者だった。

影が動き、鋭い爪の煌めきが中空を走る。

しかし、その爪が側にいた鼬に触れかけたその瞬間、シュンが両手で印を結ぶと、鼬は突然爆発した。

爆風が街路を駆け巡り、至近距離に出されていた徘徊者の右手の手首から先がはじけ飛び、低い唸り声が聞こえる。

そこへ、カヲルが身を翻し手にした短刀を投擲する。

しかし、徘徊者は左腕を振るって飛来した二本の短刀を弾き落とした。

「動けるな、コイツ…」

カヲルは意外そうに新たな短刀を取り出し、構え直す。

しかし、二人の構えに呼応せず、徘徊者は踵を返して来た道を戻って駆け始めた。

霧は深く、駆け始めた徘徊者は思いの外速く、待ちの構えに徹していた二人は追跡に向かうには出遅れる形となった。

急転直下の襲撃から一転、辺りは静寂に包まれた。

しかし、空は依然として不自然に欠けた月を讃えたまま、雲は異常なまでの速さで駆け抜けている。

取り残された二人は、街全体を覆う異様な空気を肌で感じ取り、警戒を解けずにいた。

「…ひとまず、屋敷に戻った方が良さそうですなぁ」

シュンは錫杖と紙片を構えたまま、背を守るカヲルを促した。


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「一体どういう事だ」

開口一番、ドミニクは苛立たしげにシュンを詰問した。

「急に夜になるわ、霧は出るわ、屋敷の連中は姿を見せねぇし、意味がわからねぇぜ」

ドミニクの言う通り、屋敷に到着したシュンとカヲルを出迎えたのはドミニク一人だった。

屋敷内は静まり返り、ドミニク以外の人間が見当たらない。

「何かがおかしいとは思っていましたが、これは想像以上ですね…」

シュンはドミニクの顔も見ず、鼻先を指先でとんとんと叩きながら考え込んでいる。

「何かがこの街を、覆っている…」

窓の外に目をやりながら、カヲルが呟いた。

遠くの空に、雷光が閃いた。

窓には既に、数滴の雨粒が付着し始めている。

嵐が迫っている。

不気味な月が街を見下ろし、 その光の下で、嵐に紛れた殺人者が横行する。

街は、屠殺場へと変わるのだ。

「先程出くわした奴1体なら我々だけでも何とかなりますが、この街は全体が異常です。

何が現れるかも、わかったものではありません。

このまま居座るのは危険です。

街を出ましょう」

カヲルは不安そうにシュンに問いかける。

しかし、シュンは指先で鼻先に押えたまま、静かに言い放った。

「…なるほど、わかりましたよこの事件が」

シュンが、目を見開いた。

「事件だの言ってる場合じゃねぇだろう」

ドミニクは二刀を抜き、窓の外の様子をうかがっている。

「いいえ、これこそが、この月夜こそがこの街の”事件”だったのですよ」

シュンは紙片を取り出した。

「行きましょう、皆さん。この事件、封じるとしましょうか」

雷光が、不敵に笑うシュンの顔を照らした。


~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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