第23話 『水と油の漂泊者《バガボンド》(3) – 何のため?』 Opposite vagabonds chapter 3 – “What for?”

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世界の崩壊が訪れてから、長い歳月が過ぎ去った。

それでも、多くの人々が密やかにではあるがその営みを続けており、そしてまた、一定以上の規模のコミュニティであれば、当然新たな命を授かる事もある。

『崩壊後生まれ』は、生まれながらに世界によって呪われた哀れな、だがそれであるが故にしたたかな生命であった。

奪い生き残る事を常とした世界に生まれ落ちた彼らは、その荒んだ世界の一部となるべく、戦う事を強いられた。

一方で、崩壊前に生きてきたが、変貌した世界に順応する事を迫られた者達も残されていた。

こうした層は、前者と比較して『崩壊前生まれ』と呼ばれた。

彼らの最大の違いは、「取り戻すべき世界を持つかどうか」にあった。

『崩壊後生まれ』は、彼らを取り巻く世界にいかに順応するかをひたすらに追求し続けていた。

しかし、年老いた『崩壊前生まれ』達は、今もなお「かつての世界」をいかに取り戻すか、その方法を苦慮し続けていた。


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沼地には、古びた桟橋、或いはところどころに土の露出した面が見られ、通行者達はそうした場所を歩いていく。

浅い水面であれば歩いて通る事も不可能ではないが、不意の襲撃を受けた場合、ぬかるみ水に足を取られる不安定な足場は、生存率に大きく関わる。

しかし、手練れた者であれば、あるいは逆に水中を進行する方が、その身を隠すのに適している場合もある。

桟橋の軋む木板の立てる音は、凹凸に乏しい沼地では容易に遠方へ届く。

今日のように風の強い日は、波立った沼の中に身を浸し進む事で、周囲に潜む敵対者にその存在を気取られる事なく進む事ができる。

勿論、そればかりが唯一の方法であるとも限らない。

ビアンカは、平然と桟橋を進む。

しかし、その足音は全くの無音だ。

いや、足音どころか、衣擦れの音すらも聞こえない。

後方すぐをついていく2名も、同様だ。

エルフメイジの行使した秘術が、この3人とその周辺の空間から一切の音が奪っている。

だがそれは同時に、声を介した会話も不可能にしている。

そのため、3人はビアンカを仲介役に立てて、念話、すなわちテレパシーでのコミュニケーションを行っていた。

「本当にこの方向で合っているのか?」

ジョセフは無言で、怪訝そうな表情のまま、直接不満を伝える。

だが、ビアンカの眉目は揺るがない。

「この沼の中で、生命体の反応は数えるほどもないわ。少なくとも”さらった奴ら”には100%たどり着ける」

「さらわれた連中を直接探すなら、逆に屍体を探す魔法を使った方がいいかもな」

ゴードンの言葉は、聞く者によっては怒りを覚えるような発言だが、今この場に、その言葉を皮肉と受け止めて熱くなるような人間は一人もいない。

命の奪い合いが常の世界で、何者かにさらわれた人間を待ち受ける運命のうち、”生還できる”可能性のあるものは極稀だ。

生かすにはコストがかかる。

食事や、逃げ出さないように監視も必要だ。

必要な”用途”に用いた以後、生かす理由など存在しない。

身代金を求めるくらいなら、最初から略奪すれば良い。

わざわざ個々の人間が連れ去られ、そしてその後の音沙汰がないのであれば、それはもう「使われた」事を覚悟するしかない。

それが、この世界の現状で、常識だ。

勿論、その常識を、大切な人がさらわれた者が素直に受け入れるかは、別問題ではあるが。

「屍体は、ただの屍体。肉片でしかないわ。何かに使われていない限りは、感知する術がない。見つけようがない場所に捨てられていたら、お手上げね…」

「ま、それも犯人から聞き出せば済むことさ」

ジョセフは拳に力を込める。

『崩壊後生まれ』としては、彼は優しすぎた。

しかしそうであるが故に、彼を求める者は数知れない。

「情を汲み、それに応える仕事をする」ような傭兵など、崩壊前ですらそうはいなかった。

実力が伴う者ともなれば、もはや稀少を通り越して、彼以外にはもう存在しないのではないかとすら言われている。

命までは期待できない。

だがせめて、亡骸だけでも、家族に帰そう。

そうでなければ、意味がない。

未来の被害を防げるという意味では、意味もなくはないが、それだけでは納得ができない。

請けたからには、亡骸を家族に帰す。

そう、心に決めていた。


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「待って」

ビアンカが左手を払い、2人を制止する。

「…水の中から、何か、来る…」

水面に様子の変化はない。

風に揺られて波紋が右往左往するが、異常は見られない。

ジョセフは剣を抜き、ビアンカの前方に立ちふさがる。

ゴードンは、懐中から杖を取り出し、前方のビアンカに背を向けて構える。

「どこだ?」

ジョセフがビアンカをせっつくが、それがビアンカの焦りをさらに募らせた。

「凄い速さで駆け巡ってる、なんなのこれ!?波紋も起こさずに…」

刹那、水面が盛り上がり、槍のようなものがゴードンめがけて飛び出した。

「ぐッ…」

咄嗟に、杖で払おうとするが、間に合わない。

喉を貫かれた、そう思った瞬間に、視界がぶれて、明後日の方角を向いている。

気がつくと、ジョセフに抱えられ、桟橋の少し離れた位置に引きずられて、横たわっている事に気づく。

元いた位置には、銀色に尖った針のようなものが水面から突き立っている。

と思えば、その針がどろりと溶けて、水中にポチャリと落ちると、また姿が見えなくなる。

「なんだ今のは」

ゴードンは狼狽しているが、一方でビアンカは戦慄していた。

「不定形… どうしてこんな場所に!?」

今度は隠すつもりもなくなったのか、飛沫を上げながら水中を銀色に輝く楕円状の物体が、高速で旋回している。

だが、ジョセフだけは冷静さを保っている。

「出てくる位置がわかっていれば…」

その言葉に呼応するかのように、水面に弾ける飛沫の数が2つ、3つと増えていき、やがて周囲の水面がまるで水揚げされる直前の網のような飛沫の嵐に包まれる。

「ビアンカッ、熱だ!!」

「! …わかった!」

ジョセフの言葉に我を取り戻したビアンカは、短い詠唱の後、杖を桟橋に突き立てる。

瞬時に、彼女の足元の水面を中心に湯気が立ち始め、瞬く間に辺り一面がまるで浴場のごとき熱気に包まれた。

いつの間にか飛沫は止み、気配は消え去っている。

「信じられない間違いない実現してたんだあの怪物…」

ビアンカはブツブツと何かを呟いている。

「ジョセフ、アレは一体…」

「ごー… ドン…」

見知らぬ声。

3人が振り返ると、桟橋から離れた水面から顔を出した木のひとつ、その枝の上に、名状しがたい形状の、光を反射し銀色に発光する、ゲル状の塊がまとわりついていた。

その存在は形をうねらせると、口のような形状を作り出し、そこから声を発していた。

「老いたモノ… お前の、記憶… モラう…」

不定形の生物は手のようなものを伸ばし、木の幹を掴むと、ミシリミシリと音を立てて枝が曲がっていく。

掴んだ手を離した不定形は、まるで弩砲のごとく木の枝の反発力に弾かれて、沼地の遥か彼方の方角に向かって飛び去っていった。


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数秒の静寂を過ぎて、ビアンカがその場にへたれ込んだ。

ジョセフは、不定形が飛び去った方角を、力強く見つめている。

ゴードンは、尻餅をついた姿勢のまま、呆気にとられて動けずにいた。

俺にもできる事がある?

息巻いて足を踏み入れてみれば、現実はこれだ。

結局ジョセフに助けられるのか、俺は。

死にかけた。

いや、奴は俺を狙っていると言った。

むしろこれは、始まりなのか。

なぜ?

理由など、わかるはずもない。

やっぱり金貨100枚だけもらって、立ち去るべきだったのか。

だが、もう遅いのだろう。

乗りかかった船は、もう沖へ出た。

引き返す術はない。

少なくとも今は、生きるために、戦う以外に、道はない。

それだけは確かだった。


~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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