第1話「聖女の願い」 – Short story “Last sanity”

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城は王を、都市は住民を、港は船を、街道は荷馬車を、城壁は兵士達を、それぞれが主人を失い、吹き抜ける風の音だけが朽ちた大地に響く。

都市の地下には無数の研究所が巧妙に隠されており、郊外にポッカリと開いた洞穴の底に蠢く全ての災厄の根源を途絶えさせるための手段を求め、日夜最も効率よく死者を冒涜できる方法を探っている。

死者と死者とが争うこの戦争から逃れ、都市から一望できる山岳地帯の中腹に数十人が住まう集落があった事を知る者は少ない。

彼らは、Buriedbornesがもたらす恐るべき災禍に直接見舞われるよりも前に一足早く都会生活を捨て外界との接触を絶った者達であり、他者からもたらされる無慈悲さから逃れる最も優れた選択であったとも言える。

しかし、死を拒んだが故に残った、己の内より生じるもの、食欲や衛生問題から逃れる事はできず、この隠遁生活は決して穏やかなものではありえなかった。

また、当然新たな死者を求めた死者たちに集落を見つけられれば、それは生の終焉と、救いなき永遠の死の始まりを意味する。

それでもこの隠されたコロニーが維持できたのは、たった一人の女性の献身の賜物である。

彼女は決して有能ではなかったが、一介の聖職者であり、そして神の御業の幾つかを体現する術を身に着けていた。

彼女が大司祭達が設えたものを記憶を頼りに再現した「迷いの護符」は、その周辺を歩く者を迷わせ、特定の地点から遠ざけるだけの矮小な術であったが、このコロニーにとって最も重要な存在になった。

彼女たちは外界からの侵入に怯える事なく、護符が及ぶ空間に限り、安全に暮らす事が出来るようになった。


彼女には、弟がいた。真面目な姉とは似ず、勝ち気と自由奔放さを備えていた。

彼は姉と10歳違いで、まだこの山に逃げ込んだ頃にすぐ亡くなった両親に代わって、姉に育てられた。

老人からの伝聞で得た知識とそれを用いる狩りの技術も、未熟ではあれどこのコロニーにとってはなくてはならないものだった。

時に風のように、時に影のように、森を疾駆し、集落で生きるために必要な糧を得るのが、彼のコロニーでの仕事だった。

彼は音もなく帰宅すると、内職に励む姉に語りかける。

「まだ仕事していたのか、見張り以外はみんなもう寝ている時間だろう。」

「3日前の晩に嵐があったでしょう、あれで幾つかの護符が破れかかっているの。すぐにでも直しておかないと…」

「明日やればいいだろう。体に障るよ、今日は早く寝なよ」

そうして彼は背負った籠からわずかばかりの胡桃を机に広げ、腰につけた短刀を取り出してひとつひとつ器用に割り始めた。

「今夜のうちに、冒涜者達が迷い込んでこないとも限らないわ。明日じゃ間に合わないかもしれない。」

「月もないのに、こんな夜に来るわけないじゃないか…」

「それでも、やるの。あと、つまみ食いはやめなさい。」

弟は2個目をつまんだ指を離して、割れていない胡桃を再び手に取った。

「割に合わないぜ、姉さんも俺も…」

「またその話?」

「姉さんも俺も、他の連中には出来ない事が出来る。食い物も扱いも同じなんて、不公平だぜ。」

「言ったでしょう、人の価値は何が出来るかではないの。神の前には、皆平等よ。」

「お人好しが過ぎるんだよ!姉さんがそんなだから、あの爺ぃ婆ぁ共は姉さんの好意につけ込んでるんだ。」

「それでも良いのよ。私だけが出来る事を皆にしてあげられるのなら、それこそ尊い事よ。」

「こんな時代だぜ、信仰も尊いもクソもあるかよ!」

「こんな時代だから、献身の精神を失ってはならないのよ。そうなっては、もうあの死者共と何も変わらないわ!」

「死者共… もう、野生の動物は、リス一匹いやしない。いても、死臭が漂う”成れの果て”だけだ。みんな”冒涜”されて、戦場に駆り出されてるんだ。」

「そう…」

「そう、じゃないよ!木の実だって、年々減ってきてる。もうこの辺りは限界だ、目と鼻の先にあんな穴があるんじゃ、もうどうしようもないんだよ!どこか遠くに…」

「それも話したわ。この集落にはお年寄りだって、足を無くした人もいる。長距離の旅は無理だわ。」

「そうじゃない!俺と姉さん、二人でだ。」

「冗談でしょう?見捨てられるわけがないわ。」

「でもこのままだと共倒れだぜ!」

「逃げたければ、あなた独りで逃げればいいわ。私は何があっても、ここの人達を救ってみせる。それが私の信条なの。」

こうしたやり取りはこの姉弟の間でもう幾度となく繰り返されたもので、そして沈黙のまま朝を迎えるのが常であった。


人数の少ない集落ではあるが、死者が出る事もある。

そうした場合には、集落から少し離れた結界外の丘に設けた簡素な墓地に土葬し、供養するのが集落の掟であった。

この年は食料の減少だけでなく例年にない寒波の影響により、一人のお年寄りがこの世を去った。

埋葬に際しては、故人が生前親しかった別の故人のすぐ近く、触れるほどの距離に土葬し、笑顔で送るのが慣例となっていた。

死者が死者を屠る凄惨な時代に、少なくとも心穏やかに死を迎える事が出来たのは、幸福な事だという認識が集落の間で共有されていた。

今回もその通例が守られようとしていたが、その通例がために、恐るべき事実が明らかになった。

掘り返した土の下に、遺体が見つからなかった。それも、一つ残らず。代わりに、故人の幾つかの装身具の一部だけが点々と地中に残されていた。

「我々以外の誰かが、古い遺体を掘り起こして持ち去ったのではないか」

それは、遺体を埋葬した者が近くにいる事を、この未知の盗掘者に知れている事を意味していた。

未知の盗掘者には、この集落の存在が知れている可能性がある。

すぐに集落の年長者達と姉弟は狭い小屋に集まって、この問題について議論した。

土葬をやめ、集落内で火葬するという意見が出たが、真っ先に否定された。

「火葬は死者への冒涜であり、絶対に避けなくてはならない」

集落で最も発言力のある姉と意見を戦わせる者はいなかった。弟も、彼女の教義に直接反する行為に対して反論をぶつける気にはなれなかった。

こうして、集落では死者を狭い結界内の隅に土葬し、盗掘者への備えとして集落周辺への罠の設置を進める事となった。


冬を過ぎ、春を迎えた頃に、破滅への兆しが芽吹いたと言える。

冬の飢餓で死者が増え、それらが狭い敷地の隅に土葬された事により、懸念された衛生面での問題が生じ始めた。

腐敗した土中の遺体は疫病をもたらし、真綿で首を締めるように、じわじわと集落の人々を蝕み始めた。

外からは未だ判明しない盗掘者の影に怯え、内からは疫病の感染に怯え、集落はもはや恐慌寸前の状態にあった。

それでもなお、姉の滅私の看病と弟の必死の抵抗は、集落民達の最後の希望として映った。

だが、その二人もまた、それぞれの形で限界を迎えようとしていた。

皆を激励し東奔西走する姿とは裏腹に、二人は他の集落民がいない時には、常に口論が絶えなかった。

「もう絶対に無理だ!症状は回復魔法で治せても、病そのものは薬がなきゃ治せない。もう無理だ、二人で逃げよう。」

「今こそが戦うべき時なのですよ、今こそが救いを求められている時なのです。」

「姉さんもここ数日ほとんど寝てないだろ、みんなを救う前に姉さんが死ぬぞ!」

「この命で皆を救えるなら、それ以上の事はありません。」

「だから救う前に死ぬって言ってんだろ!このわからずやが!」

肉体的な限界が近い姉と、精神的な限界が近い弟は、しかし、最後の瞬間まで、その弱音を表に出すことはなかった。


嵐が迫る夜、疲労した肉体に鞭打ち感染者の治療にあたっていた姉は、罠の確認に向かった弟の帰りがあまりにも遅い事に気づき、妙な胸騒ぎを感じた。

頼りない小屋の戸口に立つと、強風に煽られて擦れる紙の音が聞こえる。

扉の表を見ると、そこにはあの胡桃を割り続けてきた見慣れた短刀が刺さっており、その先に手紙が突き立てられていた。

「もうおわりだ、俺だけでもここを出る」

全身の血が遡るのを感じる。愛する弟が、我が子のように愛し共に過ごしてきた者が、自分の元を去る?

彼女が「己を無くす」経験をしたのは、生涯にこの時だけであった。いや、あるいは、この時以降、己を取り戻す事は永遠になかった、と言えるのかもしれないが。


雨足が強まる中、木々をかいくぐり、脆弱な結界の外に出て、走る。

どこへ?心当たりがあるような”外の場所”など、一箇所しか無い。無意識に、彼女は知る道を辿り、あの墓地へと来ていた。

そこには、確かに弟が待っていた。しかし、それは知る姿の弟ではなかった。見知った場所に腕がない。足もない。腹部には、見たことがない穴が空いている。

「今すぐ治療を…!」

既に視力を失っていたが、駆け寄る姉の声に気づき、彼はかすかな声で返事をした。少なくとも、彼女にはその返事が聞こえた気がした。

「ほらな… こう、したら、来るって…」

声をかき消すようにゴポリゴポリと耳障りな音を立てて彼の口中から血が吹き出し、大きく空いた腹部からも血と言わず臓と言わず何もかもが流れ出して、彼は一切動かなくなった。

永遠とも思える沈黙の後、彼女が周囲を見渡すと、空の墓地の近くに甲冑をまとった見知らぬ男が絶命していた。

その全身の至るところには、弟が初めて弓を持った日に、二人で笑いながらひとつひとつ手作りした矢が突き立っていた。

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翌朝、集落民達は大切な”聖女様”と”狩人様”が嵐の夜のうちにいなくなっていた事に気づき、パニックに陥っていた。

しかし、誰一人として結界の外に探しに行こうとはせず、ただ狼狽し、誰かを叱責し、無為に時間を浪費していたにすぎない。

無惨な肉片と化した”狩人様”の遺体を抱え血みどろになって帰ってきた”聖女様”を見た集落民達の錯乱は筆舌に尽くしがたい。

しかし、彼女は落ち着き払い、遺体を年老いた住民に託し、言い放った。

「疫病の解決には、薬が必要です。私は、薬を手に入れて、この集落を、弟を救います。」

言うまでもなく、この発言はさらなる狼狽を引き起こした。

「”聖女様”!あなたがいなければ、誰も護符を維持できない。誰がこの集落を守るのですか!?」

しかし、彼女は自然と穏やかな笑顔を見せ、答えた。

「大丈夫です。神を信じる、私を信じなさい。皆さんも弟も、私が守ります。」

「し、しかし… 弟様はもう…」

「弟も、疫病に冒されています。薬さえ見つかれば、皆、もう大丈夫。私が、薬を、必ず見つけてきますから。」

寝る赤子を見るような優しいまなざしで弟の肉片を撫でる彼女を前に、集落民達は全員が確信した。「”聖女様”はもう、狂っている」と。

彼女自身も疫病に冒され脳に異常が生じたのか、弟の死を目の当たりにして正気の糸が切れたのか、その両方か、結論を知る者はいない。

彼女は絶望した住民達と弟の亡骸を集落に残し、山を降りた。

その旅の先に求めるべき”薬”が仮に存在するとして、それは誰の、何を癒やすものであるべきなのか。


数日後、”無人”となった集落に、訪れる人影がふたつあった。

一人は皮を全て剥ぎ醜怪な肉の顔を晒した無貌の男。そしてもう一人は、黒い外套に身をまとい、その素顔までは見えない。

無貌の男は、死臭が蔓延する森を辿り迷いの護符を的確に発見・処理し、外套の者をここまで導いた。

「ヒ… ヒヒ… 価値はどれもゼロ… まぁ ヒヒッ ヒヒヒッ 全部まとめて絞れば、かけらの1個くらいには、なるよヒヒッ」

無貌の男は、傍らに横たわるかつての住民の遺体を足蹴にしながら、自分の発言に自分で笑いつつ外套の者に忠言する。

外套の者は顔を上げ、何かを考え込むように集落を見渡し続けた。

「供養でもするかい?ヒヒッ 好きにすると良いよ… 私は弱い…ヒヒヒヒッッ 弱い死体に興味はないよ 君の担当だ 餅は餅屋 死体は葬儀屋 ヒヒヒヒヒヒーッッ!!!」

無貌の男は金切り声にも似た笑い声を残して、そそくさと集落を去っていった。

外套の者は… あなたは、その遺体を供養してもいいし、僅かばかりの力のために全て”冒涜”してもよい。

あなたが、誰に対して、どんな価値を感じるかは、あなたが決める事だ。

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~おわり~


ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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